2017年04月11日

定置網勉(3)

入試前一年ともなると急に逆算をはじめてあせって空回りモードに陥るケースが多い。

そういうときにヴォクは言うようにしている。
定置網のままがいいよと。

急に舟をあっちに移動させ網を張ったり、急に魚が多くいそうなところに網を広く投げるような見えやすい魚群を追いかける学習法に変えていく必要はない。

基本というのは動かずにずっと同じところにある。
入試の勉強で勉強していることというのは新しい領域の半ば未知の場所にはない。

入試に備えて学習するときでさえ、その内容は何十年も前からわかっているような領域のことであり、複数の教科書にみな書いてあることであり、既知の内容であり、たとえば教員ならほぼ皆が知っているような内容のことなのである。学習者が数年後に振り返って考えてみるならば結構かんたんだったと思えるようなことかもしれない。

「高校3年生が仮に(あくまで仮に)高校入試に備えるために勉強する」という仮想的なケースを考えてみたらどうだろう。
あなたが当人なら、まず教科書内容や基礎を徹底的に一通りチェックしようと考えるのではないだろうか。

教科書内容すなわち基礎的なことを深く広く知り、技術を高めるという目的のためには基礎を深くすっかり理解することとかんたんなことが当たり前にしかし素早くできるまで練習することが肝心である。

難問演習、過去問演習、演習、傾向、出題予想、新傾向?

そんなところを探す前にあしもとをごらんよ。
わかっていないことがもうすっかりなくなるまで足もとを見てごらん。

足場はしっかりと固まっているかな?
知っていると思っていたけれど知らないことがなかったかどうか確認してみて。
自分に聞いてみて。

定置網という網は広い海の中でずっと同じところに張ってある。
網は同じところにあって、それでも魚が次々に網の中へ入ってくる。
定置網というものは動かずにただ自分の網をはっている。
網のどこかにほつれたところがなければ、魚がいっぱい入ってくるのさ。

網を次はどこにはろう・・・だって?
ヴォクなら網をもっと丈夫な網にすることを考える。
魚が網に一目惚れするくらいの網になりたい。

plus 「少ない問題を何周もするのとたくさんの問題を解くのはどっちがいいですか?」と高校3年生に聞かれた。

この子は答えを半ば予想しながら、聞いているだろう。

光 : 少ない問題がいいよ。でも絶対にごまかさない。なぜそう解くのか、さまざまの解法の可能性や必然性まで考慮した上で、これこれこうこうだからこういう解法を選択したと理由づけしながら問題を解くのであればそれがいいのではないかな。

同じような問題を見たことがあり解法を覚えていたから解ける、だから問題をいっぱい解いて解法をどんどん覚えていこうという姿勢で問題を解くのでは頭打ちする。

いっぱい解く時間を自分の頭で考えるということに使う、その姿勢ですすめよう。

そのためにも今日やった問題は2週間後3週間後に再度解くということが何より重要なことなんだ。


posted by 花波 ヒカリ at 05:43| Comment(0) | 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月19日

パンと法則化、教訓化 plus 筆のようにしなるシャープペンシル

ある子が就職が決まって挨拶に来てくれた。
パンを食べながらこの子の勉強術を勝手に振り返った。

問題を解いて間違える。解説を見たあとに解き直す。

ここまではふつうだ。
この子の、少しだけ特殊な学習術は解いた後にあった。

こういう問題ではこういう点に留意してこうして考えればよかった。
代わりにこう進んだから始めは間違っていた。

と。

一題の問題の解き直しから教訓を自分なりに発見しそれをすべての問題で、ノートの右下に自分の言葉でメモしていた。
この子の場合にはヴォクが解説したこともその場ではメモしなかった。

すべての解説が終わったあとに自分の言葉で自分流で自分の理解したことをメモしていた。

こういう問題ではこういう点に留意してこうして考えればよかった。
代わりにこう進んだから始めは間違っていた。

はじめのメモでは法則を作っているので次に類似の問題にあたるときにはこの法則と経験を生かして考えることをすることになる。

あとのメモでは禁止事項をメモしているので明らかに間違ったルートに進む道を閉ざすことになる。
結果正しい筋道に進みやすくなる。

特殊なとは一度書いたがこういう勉強法が自分の頭と手で考える勉強法の、実際には王道なのかもしれない。

パンを食べながらそんなことを思い出した。
ほなね。

plus 
gmailアプリがバージョンアップしたのだがヴォクには使いにくい。10年以上毎日ずっと使っていると思うがブラウザちっくなのが合わないのかな。でも、ルパン3世のごえもーーんみたいに右に左に斬る操作は気にいっている。

google Inboxの方は使いやすく助かっている。
snoozeというのはよく考えられた仕組みだなぁ。
1位 Temo 2位 Mytter とともに去年のBEST3 アプリとして表彰しよう。おめでとう。(ひとりでトロフィー授与とスタンディング拍手とハイタッチしながら了)

plus シャープペンシルの話。芯が折れない点か、芯のとがり(クルトガ式の回転)か、ノックしなくても芯が出る点か、長時間の筆記に耐える軽さか、人によりシャープペンシルに求めるものはさまざま。
ヴォクもまた折れない芯が使いたかった。

デルガード以降、折れないシャープペンシルがいくつか発明されていろいろ使っている。折れないシャープペンシルを探していたつもりが、筆のようにしなって万年筆のような書き心地のシャープペンシルを見つけて虜になっている。

もちろん芯が折れないので無駄な操作がない。ストレスがない。
そればかりか強い力をかけるとガードと吸収力が働いてしなってくれる。合気道みたいなシャープペンシルだと言いたいが何を言っているのかわからないので筆記用具にたとえてみる。しなってくれる。万年筆の書き心地に近い。
気に入った軸には好きな木、チャクテビガやハワイアンコアの、ドクターグリップくらい太い木軸をつけて自分好みにしている。
しなる デルガード DelGuard Type-Lx 、ヴォクはいま、猛烈に感動している。



posted by 花波 ヒカリ at 06:13| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月26日

定置網勉(2) plus 独学の仕方(2) plus lionさんの mr.myself

10回くらい書いたがプリントより参考書問題集を繰り返した方がいい。
そもそも1冊の本が習得できないのに、何冊も手を広げる必要がない。
見てくるのはいいが参照しに行くのはいいが遠征するのはいいがホーム図書にもどっておいで。
プリントで確認するくらいはいいが2、30枚のプリントで確認するくらいならいいが、その遠征で得たものもホーム図書に追加補強する気はなさそうだ。

移動異動移行を繰り返す民族にまだ暮らしたことがないのであまりイメージできない、想像できないが定住しない暮らし方は、参考書の指定図書を決めないで勉強するのに似ている。ホーム図書がないのはホームタウンのない生活と同じ。

あっちをかじってこっちへ獲物を求めてと移動するような飛び勉は獲物がいないならそうすればいいが、実のところは好き嫌いを言っているだけで本当はもう答えがこの本に書いてある。定置網を仕掛けておけば魚は数日後にはいっぱい入ってくる。
参考書を繰り返し読み例題を解けるまで考えたら知識は数日後には入ってくる。
それなのにどうして網を違うところにまいど投げるのだろう?

潮の流れの方はかわらない。
魚のいる地形の方は変わっているように見えないのに。

好き嫌いわがままを言っているだけで読まなかったけれどあとで気づいたことには、丁寧に親切にくわしく全部はじめの本に書いてあった。

そんなに親切な独学図書があるというのにその本をあまり見ようとしないで新しいもの新しいプリントばかりあっちいってこっちいって。
あー もったない。

定置網というのをはじめて見たときに驚いた。はじめてユニボールシグノ307のインクで試し書きしたときあまりの滑らかさに驚いたが、定置網をはじめて見たときの衝撃といったらもう。
どうして海に置いていた網をただ持ち上げるだけで魚がいっぱい飛び跳ねて入っているのか。
これは釣った魚を網という天然の池に放しているに違いない。
そうだ、ここで餌をやって養殖して育てているんだなと、はじめはそう思った。
でも次の数日後に網に行くと今度は前にいなかった魚たちが網の中に入っていた。定置網はいつも同じところにあって魚たちの方から次々と定置網の中に入ってきているだなんて。

深夜の2時に見ても、昼の11時に見ても毎回違う魚の量と種類。
これは養殖でないな。
いつもこの場所に網を置いていただけだったのか。
いつも同じ場所にこの網を張っているのか。
海はこんなに広いのに網はいつもここに置いているのか。
海は広いのに。

plus 独学の仕方(2)
本を浮気するのはだめ。
命懸けで書かれている良書はわかるまで信じて最低24回くらいは読み返すべきだ。
はじめ何回か読んでもわかりにくかったところでも、考えながら7周繰り返し読むとふとわかってきたりする。
ときには3日目にやっとわかることもある。
他の本で調べるという名目のもとあっちにいったりこっちにいったりする人に限って肝心のホーム図書を読み解いていない。
いやたしかになぞってはいるが内容を読んでいない。
ただ棒読みしているだけで内容がわかってくるほどかんたんなことは書かれていない。
よく読むことだ。

plus 参考書やノート、学校のプリントなどを大学に進む子たちにいただいた。300冊くらいまた本が増えた。大切に使わせていただこう。
いただく本のありがたいことは調べたことや質問したことの直筆メモがついていることだ。お手紙みたいなもので、そんなことを考えていたのかと後から読んで気づかされる。何より筆跡を見てこの子のことを思い出すことができる。signoのペンか、サラサのインクかと後からインクを想像するのもまたたのしい。文字の美しさを眺めているだけで、もううっとり。

plus カード勉(1)
東大に進んだEさんの勉強法。
彼女はあらゆる単元で解法カードを作成していた。
本と一緒にいただいたので活用したい。
眺めているといろいろな工夫があるのに気がついた。
まず知識として覚えておかねばならない事項がまとめてある。
次に解き方として留意しておくべきことが書かれている。
このテーマが来たらこの解法を使えということが1:1対応で書かれている。
1テーマにつきカード1枚解法1枚と徹底されている。
彼女ははじめルーズリーフにまとめ、さらにそれを凝縮したものをカードにまとめていた。

暗記トレーニングが通学の電車内と浦和にある百貨店の図書館での合間などに行っていると話していた。
なるほど電車内でもパッと見られて覚えこむのによさそうなコンパクトなバイブルサイズのカードになっている。

plus lionさんの「名もなき詩」にある数々のブログ記事は勉強になるのでよく拝読させていただいている。
受験勉強のことでない話はたまにしか出てこないが、ミスチルとビートルズのこのご記事にもまた、はっとさせられた。

(つづく)





posted by 花波 ヒカリ at 07:48| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

定置網勉(1) plus 独学の仕方(1) 単位の[N] ニュートンってそもそもどこから来たの?

最近エンタ(番組名)がない。
どうでもいいですよー。

意味のない宿題ってある。
ある高校(大学附属校)が入試問題6セットのプリントを課題にしている。この春の出来事。
わからない問題があったところで解説はないだろう。
入学後に解答を渡すだけ。
解説でなく解答を渡すだけ。
まるで春の時間つぶしのように6セットもある。
きっとシーズンの終了後にはそのプリントたちはゴミ箱へ流れるだろう。
繰り返されることもなくさようならを言われる紙の山。

それだけの時間があったら高校の教科書を30ページ予習できるだろうに。参考書だったら解説を読んで理解することさえできただろうに。
どうせこたえのない問題を課すのなら素晴らしい本を読む方がまだずっといい。

かたやこの本は読んだ方がいい、とただ良書を紹介している学校もある。

一歩進んで二歩進んで良書を読んでその後はこうしなさいと細かくプログラムしている学校もある。

天声人語を写すのを課題にしている高校もある。
課題の出し方を見たら高校が生徒に求めているものがわかる。

パンフレットを見るより課題と参考書のラインナップを見た方が勉強環境はよほどよくわかる。

plus 独学の仕方。
わかるまで該当ページを読む。
繰り返し読む。
わからないときはゆっくり3回、5回、6回読む。
それでもわからないときは7回くらいゆっくり線を引きながら読む。
わかったらわかったことを自分の言葉にしてメモしておく。このだめ押しをしておくと次に時間をおいて、忘れそうな頃に復習するときに、理解し思い出すまでの時間を大きく短縮できる。


苦労してわかったことは副産物として記憶に残りやすい。
わかった!という感動のおかげで。

plus きょうの中学生物理
「mghのmとhは比例するということですっかりわかりました。今更なのですが、mg、mgって言いますがこのgをかけるとどうして力の大きさになるのですか?」

という質問だった。するどい。

運動方程式の「う」の字がわからないまま何問何十問といてみたところで、力学がモヤモヤして見えないままになるだろう。

ニュートンという人間は決めたのだ。
1[kg]の物体に1[m/ss]の加速度を生じさせる力の大きさをちょうど1[N]と約束すると。

加速度は 質量に反比例する。すなわち 質量の逆数に比例する。
1/m に比例し、F に比例するので、a=k×F/m (kは比例定数) と表せる。
このkをどういう値であるのかを求める代わりにニュートンは考えた。
k=1にして、a=1×F/m にしたらよいではないかと。

すると ma は ちょうど F[N]と(単純な単位で)表せて便利だ。

だから 力の大きさが ma [N] でよくなった。ニュートンのおかげで。
だから 重力の大きさが mg [N]で表せるようになった。ニュートンのおかげで。
結局、 k=1にしたときの力の大きさを決めたことによって、「1kgの物体が1m/ssの加速度で動いているときその物体には1Nの力が働いている」と言うことができるようになったのだ。

普通に、親切な参考書に書いてあることなのだが、読み落としていたということか。

たしかに親切な参考書には書いてあるが、ほとんどの物理の参考書では当たり前のこととして飛ばしてある。あるいは隠し味としているのかもしれない。(初学者が読むべき参考書は隠し味が種明かししてある参考書の方だということは言うまでもない。)

本を読むのはわかりが速くてよいが、わからない疑問だけはメモをしておいて、いつか違う本を読んだときに気づけばよい。周りに先人(先をやっている人)がいたら聞いてみたらよいだろう。

[N] という物理の力学のもっとも重要な単位ひとつとってみてもすっかり納得するということがどれだけ大切なことか。

問題を何問も解く前に考えるべきことがある。
基礎を理解するということだ。

実際問題としてNという単位を知って2、3年以内の初学者の中でNという単位の意味を説明できる人は100人中1、2人くらいしかいないと思う。

そこは覚えるようなところではない。
考えるということがどれだけ大切かを示すもっとも身近な例だとヴォクは思っている。







posted by 花波 ヒカリ at 07:29| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月13日

原因を探る旅

原因と結果の法則という言葉がある。
「原因があるような気がします。」

ヴォクはその言葉の意味を考えてみる。
いったいどんな原因があるというのだろう。

病気にならウィルスだったり病名だったり原因(らしきもの)が特定できることがある。

勉強が不調のときは原因を考えてみる。
言葉、用語、定義の理解は正確か。

言葉を正確に覚えたか。
用語を正しく読み、書きできるのか。

ちょうど同じ日にコンビニの店員さんは言った。
「私の中では認めていませんが鼻がとてもむずむずします」と。

なるほど鼻がむずむずするのを花粉症だと呼ぶのは簡単だが、花粉症に打ち克つために花粉症と思わないようにするという作戦もあるのか。

かたや原因を探る思考、かたや原因を探らず気力で乗り越える考え方、方向性は真逆だが180度真逆なため両者はつながっている。

原因と闘っているという点において同じではないか。
O西中の定期試験の記録用紙に書いてあった言葉がある。

「努力したからといって結果が出るとは限らない。
でも結果を出した人は絶対に努力している。」

努力は結果の原因である。
結果を出したかったら努力をしておくのがいい。
それは努力が結果の原因になっているからだ。

しかし結果は出ないこともあるという現実を突きつけられる。
いや、結果はただ目に見えないだけで時期が経てば、時間が経過したら「大きな花が咲く」。

そんな風にお母様がおっしゃってくださった。
ヴォクはこの悔しさを忘れない。
ずっとこの記憶を引きずりながら仕事をする。
たとえ不合格という結果が変わらなくとも、これではあきらめがつかない。

原因は見えないようで見える。
原因を探りながら生活する(ことを習慣にした)という点において、一段次元の高いレベルでこの子は学習をすることになる。

あのときの原因を克服しようとして、もう次の舞台へ向かって、新しい一歩を前にむかって踏み出したんだ。それは目を見たからわかるんだ。

どの本を全部覚えればいいのだい。
あたしは暗記が大の得意なのよ。
オレンジペンでカッコの中に用語を書きまくって、
赤いシートで隠して、
かたっぱしから全部覚えるぞ。

そんな風に目の中に書いてあったんだ。




posted by 花波 ヒカリ at 00:46| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月16日

自助努力 plus ある幸福のためのスピーチ plus ヴォクのペン

子どもに会うたびに言っている。
おそらくほぼ毎週言っている。
授業は1パーセント、自分でやるが99パーセントだと。
ヴォクはこのことになんの疑いもない。

昔の人は言った。
「百見は一触にしかず」

仮に何かの授業を受けるとして、それを完全に完璧に自分のものと掴むまで手とペンを使って復習しないとしたら、意味はない。
何十年かたって復習して掴めばそのときに意味は生まれるだろうが遅い人を待ってくれる場合は多くない。

そもそも自分でやれることすらきちんとしない人があまりに多い。
だからただスタンダードな良問を馬鹿にせずちゃんとやるだけで(相対的な意味での)成績は上がりまくる。
すごく単純なたんじゅんな話だ。

ベビーブームの頃と違い、入試の競争率は非常に低くなっている。受験人口は減少しているのに学校の数は増えている。18歳人口、ベビーブームの249万人と、近年の120万人とを比較すれば、自ずとわかることがある。
ちゃんとやるだけで届く学校が増えているのだぞ。




lionさんが書かれていた。1億パーセント同意だ。

plus あるスピーチ 幸福のためのスピーチ

ヴォクの文具。
ノートは、レポート用紙 方眼用紙 白地にオレンジの方眼用紙のもの。100円均一のセリアではじめてみつけた日に車にもどって試し書きしその場で即100冊注文した。
0.7mm芯との相性が抜群の紙質。

ボールペンは、チャケットビガの木軸の超太軸ペン。チャケットビガの虎杢に魅せられて、ボールペン沼、シャープペンシル沼、万年筆沼からは脱出した。
楽器に使われる材だけあって筆記すると音を奏でる。
シャープペンシルの波動が木軸で鳴る。

万年筆のインクで最近、パイロット 万年筆インキ iroshizuku INK-50-FG フユガキというのを使ってみた。
とても好きな発色でテンションが上がっている。
万年筆の木もオレンジ色つながりでペルナンブコの木軸にしている。

オレンジのインクにはオレンジ色の木がよく似合う。






posted by 花波 ヒカリ at 10:18| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月09日

今日の中学生(中1)

きょうの中学生。いや新しい日になったから昨日の中学1年生か。
中学数学の一通りの学習はすっかり終わっている子。

勧めたわけでもない本を読んでいるようで、質問をもってきた。
好きなことを好きに学習するときがいちばん楽しい。能力が飛躍する。
だから好きにやりなさい。

小学生の頃から何度となく言った言葉だが、実際忘れた頃に気がつくと好きなような本を読んでいるこの子がいた。

今後がますます楽しみだ。


たしかこの本だった。ナカミしか見なかったので多分。

posted by 花波 ヒカリ at 12:35| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月26日

実力テストと実力社会(1) plus 満員御礼申し上げます。

定期試験は暗記の要素が大きい。
範囲が狭いというのが理由の一つ。同じ問題も多く出題される。

実力試験や会場模試、そして入試本番には範囲がない。
範囲はあるにはあるが広めである。
入試ならば教科書全部(のようなもの)が出題範囲となる。「(のようなもの)」とカッコつきで書いたのは先の学年の教科書に載っているような知識があれば問題の背景が少しは見やすくなり解くのがかんたんになるという要素があるからだ。(それでも先の先まで知っていないと問題の背景などなかなか見えるものではない。)

たとえば大学でやる数学の知識があれば大学入試数学の問題の意味がすこしわかりやすくなる。高校入試の問題は中学の教科書の知識で解けるように作問されているとはいえ、高校範囲の知識があればより機械的に解けるものが少なくない。

もちろん既習範囲の知識や公式だけで解くということにパズル的な頭の働かせ方を楽しむことや考える力自体を鍛えることのよさはあるのだが、こと入試に関しては点をとるのが目的なので正解に速くたどりつける解法の可能性に関して遠くまで広くまで知っていた方が有利である。

実力テストの話だ。
入試は少し遠い未来にある。備えるにしても想像するのが難しい。
まずは1、2年以内にやってくる会場模試で点数をとれるのが(入試本番での)実力のある人であるということが言える。そこで、模試で点がとれるようにするというのを目標の一部として普段の学習を組み立てている。

だから教材も全国入試問題の過去問を中心に組み立てる。小学生でも中1生でも高校入試や大学入試の過去問にたえず取り組むようなことをトレーニングメニューとしている。なるべく3年前から遅くとも2年前からは入試全教科において入試問題に毎週取り組むようにしている。たとえば東京都の子は東京都の入試問題を解けるのをもって単元の仕上げとする。そういうことを入試2年以上前から行うという準備の仕方だ。入試問題と早くから闘うことで入試に必要な水準を手と脳で感じ取ることができる。結果として、サバイバル能力が高まる。

実力テストの話をしている。
模試にも性格がいろいろあって教科書にない問題(考察問題、応用問題)を多く出す模試もあれば、教科書の類題を中心に出題する模試もある。

大学入試では学校別学部別に、一般に採点基準が全く異なる。たとえば京都大学や東工大は数学の採点が細かく厳しい。完答してはじめて満点がもらえるのは当たり前だが途中の思考過程も厳密に書いておく必要がある。同じ東大でも採点は学部別だ。高校入試の共通問題でも採点は各高校が独自に行っている。独自問題や選択問題を採用している学校なら採点基準はいっそう独自的である。したがって入試問題の意図を読まねばならない。点になる答案を書くのも記述論述問題では大事な要素となる。

実力テスト、模試を受けた場合は過去問と比較して出題の傾向と採点基準の類似性までは最低限見ておく必要がある。

間違っても偏差値だけ見て実力のあるなしを判断するわけにはいかない。高校生の模試結果を見ている。
採点の仕方がいろいろあるというのがはじめの感想。
採点結果さえよく見る必要がある。
記述の答案の場合、極端に書けば文字が読みやすいかどうかさえ採点に影響する。

全統記述模試、全統マーク模試、駿台全国模試、医学部模試、大学別模試がかえってきた。実力判定の要素の一つとして答案をよく見ておきたい。

高校1、2年までの学習はインプットさえできていたら一定の結果が出る。浪人生も模試に合流していないので高い偏差値が出やすい。

一方、高校3年生の模試は浪人生も混じり、範囲も広く、問題も定石だけでは解けないようなものも出題される。
ここではじめて実力が見えてくる。
高校2年生の秋の模試まででは逆に実力はほとんど見えない。

高校生だけでなく中学生も模試を受けてかえってきている。
学校でも実力試験があった。そちらもかえってきている。
本番に問題設定が近い場合、結果が入試での実力を占うということはできる。
問題設定が似て非なる場合、つまり設定が異なる場合は、その模試で本番を占うことはできない。
過去問で何点とれるのかを見た方がよいということになる。

流れで模試を受けた場合が多いだろう。自動申込だったなど。その場合は本番の過去問と見比べる。問題の作成法が似ているのなら、実力(入試での得点力)がわかる。
似ていない場合、似ている模試か過去問を別にやるのがよい。

合格最低点が公表されているので去年なら合格だとか不合格だとかまで詳しくわかる。
似ている模試なら本番に近い母集団の中の順位などもわかってよい。

実力テストを受けてはじめて見えることがいっぱいある。

さて、実力とは入試での得点力のこととここで定義している。
たとえば同じ国立医学部でも受験教科も違えば問題も違う。
二次試験に理科があるところ、ないところ、年齢制限あるなしなどさまざまな差がある。

あくまで自分の受ける学校の試験問題で点数をとる能力(ポテンシャル)を実力と呼んでいる。
入試一年前は過去問を30年分くらいはやりたいので、学校を決めるのは遅くとも1年前くらいになるように指導している。

インプット期とアウトプット期では学習姿勢を変えたほうがいい。
インプット期は定義の確認、記憶、定石の習得に重きを置く。公式があればなぜをとことん追求する。
深い理解と確かな記憶を心がける。性格差が定着差になりやすい。
丁寧に正確に当たり前のことをバカにせずちゃんとやるように指導する。粘りがものを言う。
きちんとやれるようになった子は結果を出す期間。

アウトプット期は、下書きの仕方、解法の可能性、解法の選択肢、なぜそう解こうとするのか、どう解くと速かったのかなど得点力アップを意識し常に入試問題を想定した学習をするようにする。ここは指導力の差が出る期間。受験生が過去問研究のすべてをぶつけながら問題と闘う期間。過去問でとれるかとれないか、苦しい期間。
押しても押しても進まないように感じることもある。
やってもやってもとれぬと苦しさもある期間。ここは解法の必然性を考え抜く。問題を作成した人間と解答を作る受験生の真剣勝負。

そう思っている。

話戻して、実力試験。いろいろあるが、入試問題と比べてしっかり活用すれば得られるものが大きい、という話を書いた。

最後に、どんな模試でも結果がよければ自信になる。
修造さんに「きみはできる、きみはできる」といっぱい言われたときみたいな前向きな気持ちになることもひょっとしたらあるだろう。
「やればできそうだ」と思い込むきかっけにもなる。受けるときはどんな問題でも諦めずに取り組むといい。

大どんでん返し。
模試よりもっと役立つものがあるのだよ。
それが過去問。
そのときの合格者の点数と比べてごらん。
よくわかるから。

ベビーブームの頃と今では人間の数が違う。
センター試験がなぜ複数回になったのか考えてみてほしい。
それは、受験生の数が減ったから。
代わりに受験回数を多くして得をするのが誰なのか考えてみたらよいことだ。

大学に競争で、自助努力さえしたら入れるのが日本の教育のここまではいい点だった。
この方向性が変えられる力が働いている。

実力のあるものが実力で評価されたいなら実力で判断する機関を探してそこを目指すのがいい。
そして実力をつけてまた次の世代のために実力社会をつくっていくのがいい。

そう思っている。

plus 教室の話。
来年度以降の予約を多数いただき今年も来年度も満席御礼となっている。とくにウラウラと東大一橋、医歯薬受験準備へ向けてという方が多い。熱い期待を感じ取る。
ありがたいこと。

(中学生、高校生の新規の募集は停止中です。中高生はすべて小学部からの持ち上がりの方のみとさせていただいております。ウラウラお茶コース(浦和、一女、大宮、お茶)、東大京大一橋お茶コース(そのまま)、医歯薬獣医英数コースも同様で受付は終了しております。それから小学生は全員セルフラーニングコースからしかスタートできません。その後変化があれば対応しますがまずはセルフラーニングができるようになってください。逆に「セルフラーニング◯」が身についている場合はすぐに「セルフラーニング二重◎」へ向けた指導を開始、志望校別指導も重ねてスタートいたします。以上です。)










posted by 花波 ヒカリ at 17:37| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月06日

もういっかい、もういっかい。plus ヴォク、しろくまをかき氷アイス(炭酸)で代用しながら。plus 受験生の加速 ローズマリーの青花3種

lionさんに同じく独学のマインドを伝えたいという一心で塾をやっている。
ヴォクはそうしている。

次はどこをやったらいいですか?
あー、次は次でいい。

次の宿題はどこですか。
あー、勝手に好きにやっていい。

どんな解き方で解いたらいいですか。
参考書の真似をしていい。

最初の頃はそういうことからはじめている。

時折、会う前から独学マインドのようなものをもっている子がいて、こういうやり方で生きているのかと驚く。感動する。

ノート1枚、プリント1枚、たかがノートだがこだわりがあればそこに生きざまさえ見えるようになるだろう。

きょうの小学生。光で会うのは3週間ぶりだっただろうか。

最高品質の問題集参考書を持っており、1回しか使えないのはあまりにもったいないと考えたのだろうか。
あろうことか全ページコピーしノートに貼り付けて解いている。
はじめから2冊買えばよかったのではないかとついついコスト比較をしまう(ヴォクは貧乏性主義)。
「今週はどこを解け、こんなふうにして解け」と言われる前に、解説の日本語を読んで自分の手を動かしながら解いている。

わからない問題でも全部書き出して考えている。分厚く、詳細な解答例がどうなっているかは参考であっていい(それが参考書だ)、印刷教材の解答例はいつだって参考でしかない。

自分はどう考えたのかというそのしるしが手作りのノートに残っていた。

英数国とも中3くらいの内容をやっている様子なのだが、このままどんどん進んでいくことだろう。
誰も彼を止められない。

この小学生のノートがきれいなノートだったので写真を撮らせてもらった。
眺めているだけでいろいろ見本としたい点がある。

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テニスの打ち上げは「たこ八」のお好み焼き、しめにむじゃきのしろくまというコース設定のワンパターンだったヴォクです。でね、しろくま、スタバのコーヒーフラペチーノ、ガリガリくんほどではないけど美味しいかき氷アイスをよく作って食べているのでちょっと書いてみるの。なんとなく書いてみるの。

用意するもの

1、しろくまくんアイスキャンディーメーカー シャリット(ケースは他のでも可)
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2、オレンジーナとレモンジーナ(代用不可)
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3、ポカリスエット

作り方

1、シャリットの中にポカリスエットを2:オレンジーナを8の比で入れる。

2、お好みでフルーツもどうぞ。配合を変えるといろんな味が楽しめる。

3、シャリットの蓋を閉じて冷凍庫で急冷する。
蓋にテープをするかどうかは自己責任で。

何がゴイスかって、2つあるんだ。1つは清涼感。2つめはシュワシュワの爽快感がくわーって感じ。アーノルドシュワちゃんだろう?
ほなね。

あ、「オレンジーナだけだった場合にはどうなるんでしょうか。オレンジーナだけじゃだめなんでしょうか。」(Rさん風に)

ヴォク:「分離の法則でポカリとオレンジーナが自然に分かれ、食べるほどに異なる食感が楽しめるんです。清涼、それでいて爽快なアイスなんです。アイス界の「滑川総合の忍者ヒッター」みたいな。」

ファミマのカフェフラッペも自己流で作っているのだけど、なかなかうまくいかない。

オレンジーナ(のアイス)は1.2Lサイズを買っていっぱいつくっているので黄金比率をつかめた(気がする)。1.2Lサイズはみかんの粒が多く入っている(気のせい)。
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参考図書 :「PALETAS おうちで作るフローズン・フルーツバー」
人気店に教わる 極上かき氷 (ei cooking)

plus 
きょうの受験生。
パラパラと数学の(受験対策)問題集をめくらせてもらうとなぜか後ろの章までたくさん進めてきていた。

なぜか(2回目)受験対策用の独学参考書の社会と理科は部活引退からの1週間で一気に最後の章まで終わらせてきていた。
普段短い時間で集中して進めていた分(普段は2時間集中)、(余剰の)時間が与えられるとこうなるのはもしかしたら当たり前なのかもしれないがでも実際目にするとさすがに驚く。

運動方程式で言えば、「部活がなくなった、吹っ切れた、ひまだの力」を勉強に対してかけたので、勉強に「加速度」が生じたということなのだろうが、人間の持つ勢いは物理の数式に表れる加速度とは違った熱いものを発生させている。

分厚い理科と社会の問題集を終えマスターしている様子だったので、最後の分厚い問題集(ハイレベル独習理科、社会)を予定を前倒しして渡した。

この問題集、過去問集のことはもう4月からずっと予告していて7月にもチラ見せしており、いつかいつか手渡すよと伝えてあったのだが、まさか8月の1週目に手渡せることになろうとは予想していなかった。

厚い夏がやってきた。
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写真は今日のローズマリーモーツァルトブルー
つぼみがついていた。

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マリンブルーも咲いていた。名前の通りの海の青だ。

ローズマリー ウッドが咲いた。
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ウッドの花は小さくてきれい。 ウッドの葉のつき具合が好きだ。 森や木というよりは小岩という名前をつけてあげたい。 ロックみたいに呼んであげたい。





posted by 花波 ヒカリ at 05:37| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月20日

セルフラーニングの向上(13) 「我武者羅に考える」 〜ガムと参考書を噛みながらREFLECTION〜

大学受験生を毎年まいとし見ていて思うことがある。
大学受験において、講義をいくら受けても成績が上がるということはおよそない。大学受験生に大事なのは自習の時間、練習の時間を確保することである。自習をやる、自分の手と頭を動かして考えてみる練習時間を作ること、暗記の時間を作ること、勉強はそこからはじめる必要がある。
だから中学生や小学生のうちから自習を上手にやれるように育てていきたい。
自習がうまい人になってほしい。


というヴォクの指導に関する考えは置いといて、ヴォクの好みについて書こう。

風船ガムがすき。
風船ガムはなぜおいしいのかと言えば噛めば味が出てくるから。
はじめのひと噛みのかたさに比して後々やわらかくなり終わりには風船さえ作れるようになる。
口の外で膨らましてはパンと鳴らし、口の中で膨らましてはタンと鳴らす。

参考書は風船ガムみたいなのがすき。
一見難しいことまで書いてあるように見え、読んでも意味はわからない。
壁みたいなかたさでそれははじめヴォクを拒絶する。(高校時代、物理の参考書を30冊くらい持っていた。
回り回ってはじめの頃に買った『前田の物理』と『親切な物理』の2冊のラインナップか、またはもう「くわしい物理の新研究」一冊でよかったかなと思うようになった。
中途半端にいろいろグルグルやるくらいならはじめからそういう参考書だけでよかった。)

一見難しいことまで書いてあるように見え、読んでも意味はわからない。
壁みたいなかたさでそれははじめヴォクを拒絶する。
でも何回目かに、他の本を経由して戻ってきたときにふとこりずに読んでみたときどういうわけかふわあと頭の中でその意味内容が膨らむことがある。
うんうんうんと首を上下させながらうなっている。

それはたしかに昔読んだときから同じ文言でそこに書いてあったような気がするのだが、今度はいささかも壁のようなかたい文章でなく、やわらかい毛布のようにヴォクの頭の中でザックリとほぐれている。

何度か読み返してもわからなかった事柄の周囲でぐるぐると同じところばかりをずっと回っていたようでありながら実は回り回って360度目には一層だけ上の方に進んでいる。悩んでいたものがパンとはじけ、こういうことだったのかと理解がらせん的に進んだような感覚を得る。いや一層どころではない。はじめの抵抗感がかえって納得度を増し二層も三層も階段を登ったような気分さえする。霧が晴れるようなとしばしば形容されるあの感覚が訪れた。

そういうガムみたいな本はわかりにくくしたくて難しいことをぐりぐるとまわりくどく書いていたのではない。複雑なことをごまかさずにストレートに書いていたのだ。だからかたい本になっている。

そういうことがあるのでかたい本にはあきらめずにReflectするのがいい。かたい本に向き合えば読み返すごとに味がある。我武者羅に熟考してわかったときの味はなかなか他では得られない。

ほなね。

plus 水挿ししていたチェリーセージに根が出ていた。マリアン姉さん、ありがとうございました。今までは土から抜いてみてはじめて確かめられるため、何回も見られなかったが、水挿しの場合はそこを通るたびに見えるのがいい。何回も根を見にいきたくなる。

何もまだ根がなくてもドキドキしたし根が出ていたら拡大して確認しようとしたが、凸レンズのような瓶と水が根の様子を大きくして見せてくれた。

土にそのまま挿しても根付くことがある強い花よ。
水の中といういつもと違う環境で苦しくはなかったかい。
あした雨がやんだら、やさしい土の中へ帰ることにしよう。

plus 最近、なぜか、メモ帳にメモりながら授業を受ける子が急に何人か現れた。急に見たこともない独特なノートを取り出されると気になって仕方がない。必死にメモされると話す速度を変更し戦場カメラマンのような発話ペースになってしまいがちではないか。

二番目に気になるのはなんと書いたのだろうかということ。
そしていちばん気になるのが、いま開いた前のページにはどんなことがメモされているのかということ。

それはいささかプライヴェットなことなので見せてとはかんたんに言わないがそれでも言うと、ちょっと待ってといった感じで先に見せてもよいメモかと確認したりしている。
さすがにわるいのでまたいつか見たいなあと言ってなかったことにする。



話を知識の木の話に戻そう。
参考書が、しかしどれだけ優れているにしても、自分で考えないうちは身につかない。

後出しじゃんけんとは自分だけ後から手を出すことだ。
ヴォクの場合は来年の分を何ヶ月も早く書いていることにして早出しじゃんけんということにしておこうか。
いやそもそも誰かとじゃんけんをしているわけでもなかった。

あまりに当たり前のことだが、数学や物理をやるのに人のやり方を真似ているばかりではなかなかうまくならない。

一定の理解の段階まで来たらそこから先は自分でできるのか確かめる練習や確認がどうしたって必要である。

高校時代、自分はここがわからず壁にぶちあたった。
わかりやすく解説してある参考書を読んでわかったような気になる。
わかたっようであるのだからできたと勘違いしていたのだが、いざ初見の問題を解いてみるとなかなか解けない。

原因は何ヶ月もたってようやくわかった。
ぶつかるべき壁にぶつからず、わかりやすい参考書の導きのままにわかっていたつもりになっていたのだ。「真似しかできないこのマネシンボ」とヴォクは自分をバカにした。

うまく飛ばしたり、たとえ話でごまかしたり、イメージだけで理由をはしょったりして難所を難題のままに示さない参考書の解説を鵜呑みにして、とそこまではそれはそれでよいのだが、肝心の、自分の手で考える、自分の頭で汗をかくという体験をしていなかったのだ。気づいて以降はくわしい参考書をわかるまで読み込み何度でも鉛筆を動かして考えるようになった。

たしかに答えを先に見たって構わないだろう。学習効率は受験勉強という時間制限のある場合、高いに越したことはない。わかるまでの時間は短くていい。
たしかにわかりやすい解説を読んでわかった気になるのもわるくない。
たしかにイメージを先につかんで現象をとらえたような感覚を得るのもまずくない。

しかし、それだけでは試験のとき、問題のただ中にいざ一人で放り込まれたときに右にも左にも動くことができなくなる。
手が動かなくなる。
脳は汗をかいたことがないのでただ無回転のまま同じところをぼんやりとながめたまままったく働いていないのだ。

数学や物理の難題では、たったの1つの数式を理解するのに考えても考えても1 ヶ月以上かかってしまうことなどいくらも存在する。
本当はそのままわからなかったがいったん宙づりにして先へ行く。

どうせそこには何度だって帰ってくことになる。未解決なのだから何度でも学習者の前に現れるたびに苦しめる。結局その難所をクリアしていなければ何回も何回もそれは現れて苦しめ続けることになる。もはやわかってしまう以外にそこを通過するすべがないことに気がつき、いよいよ集中してそのことを考えてみるがそれでもやはりわからない。
そんなことが多いのだ。

何冊調べたところで結果はあまり変わらない。表現などどの文献でも大方似たようなものだ。結局頼ろうとする、人に聞こうとしてばかりいる、わかりにくいぞと参考書や指導者のせいにしている自分の方に問題はあったのだ。

後から気がつけば何でもなかったようにかんたんに思えることが講義依存症の学習者にとってどれだけ難問に見えることか。
参考書を5冊調べ、10冊調べとする労力を自分で考えるという新しい方向に使うだけでどれだけ多くのことが会得できることか。

わかった気になったあと、自分でどれだけ練習して会得するか、そこが実力の差になる。
入試の出題範囲も問題もはじめから問題集に、過去問に全部載っている。
かたっぱしから自分で解いて自分なりの仕方で身につけていく、そういうことが新しいことを吸収する上でどれだけ重要か。

頼っても頼っても探しても周りばかりを見ているうちはどこにも答えなど見つからない。手ほどきを受けたら今度は自分流でそれをやってみるしかない。

「理解」から「会得」に至る過程というのは他人の真似を仕切ることとは紙一重のところで異なる。
どんなに師匠の技を真似たところで完全に同じ仕方で身につけることはできない。
会得するときは自分なりの仕方で、自分の限界のところを突破してぎりぎりところで知識が広がり繋がっている。

自分のいまいる限界点がAのところだとすると新しく身につきそうなBはその限界点のAから枝葉を伸ばしてどうにかこうにか身についていくようなものだ。

そこのAとBの間にいくら他人の技、美技をもってきたところでそれがCでありDであるうちはBを身につけるには至らない。

自分の限界地点Aから新しい思索を開始することだ。
あなたがいま立っている場所は、あなただけが立っていられる場所だ。
そしてあなたのいる場所Aから絶景の場所Bへたどり着く道はあなただけにしか見つけられない。

知識の木はたしかに万人に見えているものではある。
しかしその知識の木の真実を掴む方法は、それを真剣に考える人に対してしか示されていない。
ましてや他人がとった実だけを食べようとしているうちはいつまでたっても自力で新しい実が取れるようになどならない。

枝を見てルートを探ることだ。
今いる場所から次の場所へ行くにはどんな可能性があるのだろうか。
よく見たら次の足をのせるべき土台が見つかるかもしれない。

plus きょうの東大数学。
過去問30年分を終え、去年までやっていた京大と東工大の数学を再度やり直すことにした。
この子はいろんな解き方で突き進むのが好きで解答を4種類くらいつくってどれが速いか比べたりしている。
1問に2時間くらいかけているときもあるが道理で解法の選択眼があるのだろう。
次の東大模試がたのしみ。


posted by 花波 ヒカリ at 05:55| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月13日

考える帽子(11) plus カモミール plus 歴史必勝学習術

きょうの中1生。

帰り際の質問タイム(ヴォクはそういう時間をとる)に、質問した。

「ぼくは学校の数学ワークを1日でやったのですが、あれは分けてやった方がいいのですか。」と。

この仕事ばかり20年以上している。1日に何十かの質問をもらう。それでも、この内容の質問もまたはじめて受けたものだった。
おもしろい。

たとえば英単語100語を1日で覚える気になれば覚えられる。
数学の因数分解を1日でマスターするのも、化学のイオンを1日で習得するのも、地理の用語200語を1日で身につけるのも、やればできるのを彼は知っている。固めてやってできないことはない。

それでも、部分に分けて毎日繰り返しやったほうがよかったのだろうか、という質問だったろう。

彼にはもう何年間も英単語を25語/週、覚えるということを課している。
もう何年間も国語の熟語30語/週をノルマにしてきた。
数学も他の科目もそうしてきた。ノルマは全部やれ、その先は自由にしなさい。

彼は分けて日々練習をやることの価値を知っているからこそ、このことを聞きたかったのだろう。確認したかったのだろう。

ヴォクは一つの答えを即答したが、内容はたいした意味を持たない。(春日部高校の生徒がはからずもちょうど同じ週に言っていた。テスト期間中も15分でいいから毎日部活に参加して練習してから帰宅していると。)
問題は彼がそういう疑問を自ら持ちそれをコーチに尋ねてみるという行動に出たことだ。

これはきょう受けた何十かの質問の中の小さな一問、
一人の彼にとっては一つの大きな飛躍である。
(アポロ11号の船長っぽく)

彼は間違いなく自分でやることを自分で考えるようになった。
自分で決めたことを自分でやるようになった。

これでヴォクの役割は終わった。これから彼は自分のやりたい勉強をする。誰も止められない。ヴォクは聞かれたことにだけ反応する機械であればそれでいい。

ほとんどすべての問題は、それで解決することだろう。

考える帽子 1つ前の(10)

plus カモミールが咲いた
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どうでもいい方のヴォクの言ったのは、
「ワークに何日かけるか、それはどうでもいいこと。必要な時間など問題によって変わるから。しかし、毎日やることだ。自分のやるべきことをたんたんとやることだ。こんこんと進むことだ。毎日こんこんとやる人にはかなわんよ。そういうことをやる人になってほしい。」

plus 歴史が嫌いな子に新しい学習法を勧めた。
歴史漫画でもなく、わかりやすい講義本でも図解本でもない。
7回読み勉強法でも、青ボールペン勉強術でもない。

その学習術は彼女にとってはどういうわけか効果があり定期試験でここ2回満点をとり高校で学年一位をとっている。
漢字や英語が好きだった彼女に勧めたのは、英語で書かれた歴史の本を読む学習術だった。

英語で読むと興味がわいてきてなぜか覚えられると言っていた。
ヴォクも世界史や地理や日本史を学習するときに独学でやっていた方法のひとつだった。

という、必勝術てきな珍しくわかりやすく手っ取り早い独学術の忍法みたいな五重の拳の映画みたいな話。

でも、きっかけはどんなのでもいい。
この子の場合は著者ご自身にも興味を持ち、その著者が書いた歴史の書物を日本語でも50冊くらい乱読している(ヴォクが貸し出したのは4冊だけ。)

ほなね。


posted by 花波 ヒカリ at 23:20| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月15日

かっこいい人 plus huon pine

家系最高! ヴォクです。



天体が得意な子に聞いてみた。

どんな勉強をしたの?

「毎晩、星空を眺めています。」

かっこいい。


雑記1
ブログをシーサーで書いている。
最近は投稿数が少なめだが毎日2000くらいアクセスがある。ロボットが周回している。そして誰かが読んでいる。
もっと書きたいという気になる。

Seesaablogは管理がしやすい。複数のブログを同じところで扱えるのがポイント高い。
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雑記2 全国入試問題正答率のエクセルデータ

エクセルに全高入の県名、大問番号、小問番号、正解率、塾生の記録などを入力している。
準備に手間はかかるが、良質な問題演習ができるかどうかがこの作業で決まってくるので丁寧に繰り返している。

たとえば、「等加速度運動」で絞ると難易度順に問題群が出るようになっている。

メリットとしては、
・易から難の順に回を追うごとに上げていくことができる。
・難しい問題で高地トレーニングを積むことができる。

正答率が低くなる問題には原因がある。
教科書の細部からの出題なのか。
教科書に掲載されていない出題なのか。
計算が複雑なのか。
発想が複雑なのか。etc.

良問を作成、精選し、科学的なトレーニングを積むことで学力のストレッチが可能となる。

雑記3 セージと木が好きでいろんなのを集めている。
木は好きなものがたくさんあり触れていないのでボールペンの木軸に選んでいる。

好きな木のひとつにヒューオンパインがある。
タスマニアにしか住まない古い古い木で樹齢は軽く1000年を超える。

〜引用〜

While the oldest individual tree or stem on the site now may be 1000 to 2000 years old, the organism itself has been living there continuously for 10,500 years. 
〜終わり〜

この木は成長が非常にゆっくり(ある方が植えたヒューオンパインは15年間観察したところ、1年あたり2.3 cmしか成長しなかった。)。大人になるのに500年かかる。木目が細かく油分が大きい。一言で形容するなら優雅な木。悠久の時を感じさせる木。

手に持つと存在感に圧倒される。ゾウガメにはじめて出会ったとき以上の衝撃だった。

この木は無性生殖を行い、'layering' と呼ばれる殖え方をする。
枝の一部が土に埋まるとそこからまた木が生える。
だから遺伝子的には森全体がひとつの木なのである。

huon pine は ヴォクにとって timeless な存在である。

またみてね。んがぐっぐ。



posted by 花波 ヒカリ at 22:39| 考える帽子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする