2013年07月22日

朝練と五重の拳と受験研究者(2)

朝練の話を伺ったので朝練の話の続き。


部活が毎日夜まであるのは普通のことだと思うのだけれど(←世界人としてヴォクの考え方は異常、日本人は学校時間労働時間が世界的に長い)、でも朝練は子どもの様子を見ていると勉強との両立がかなりきつくなる。
ヴォクも中学のころは毎日朝練昼練夜練だったが家での学習時間を作るのに苦労した。
家では飯の間に本を読んで理解の時間にあて、机に座ったあとを書く時間、解く時間にあてていた。テレビ中と寝る前のみを暗記の時間と定義。小中高と大相撲ダイジェスト以外テレビは見なかった。ビデオは持っていなかった。大相撲ダイジェストを見ながら暗記を進めた。暗記のノルマが終わるまで寝なかった。


ヴォクのことなどどうでもいい話だがヴォクは塾生のこと以上に自分の過去についてならいささか詳しいので書いている。
塾予備校へはあいにく小中高と行かなかった。行きたいという希望はめっさあった(「めっさ」はイチロー選手の影響)。

それで中学時代には時間を短縮するためにまとめ本をいきなり読んでポイントだけ覚えてみてから問題演習するというめちゃくちゃな学習法をとっていた。勝手に自己流で結論を覚えていきなり問題演習というスタイルをとった。

いちばん数多く持っていた参考書は前にも「受験研究者」の題で多分書いたが、受験研究社のまとめ系の暗記本だった。あのシリーズのすごいのはたとえば公式が紹介されるとして証明もない。理由もない。例もない。覚えておくべきことだけをズバッと書く。
たまに運がいい(わるい?)ときだけ例題が載っていたがむしろそれは邪魔に見えたくらいだった。
覚えることだけがただ間違いなく、短いフレーズで印象的に羅列されていたので時間の限られた両道者のヴォクにも好都合の本だった。受験研究社はヴォクの記憶に直撃した。

5教科が1冊になっていて安いのはいいが詳しくないのですぐ終わるという。仕方がないので理科だけのもの社会だけのもんなど教科別の暗記本もたまには買ったがやはり公式と暗記することしか書かれていない。

こりゃあいいやー。暗記スイスイ、すいすい暗記(←本の名前)、意味なんか考えずまず覚えた。覚えるべきことはとにかくサクサク覚えてしまえ!
そんな学習法をとった。部活との両立で時間がないのを言い訳にして。

中学内容はそれでもなんとかなってしまうのが恐ろしいところで、覚えて問題を繰り返しとけば完成に近づくといった世界だ。かたや、高校の勉強は量が増える。ふえる、殖える。全然世界が同じでない。覚えきれない。
考える学習、予習型の学習、森全体をスロウで見渡す学習を自分ですすめ、学校の授業が復習になるような形が理想。そうでないと学校ペースに巻き込まれついていけなくなりやすい。

高校に進んだあとヴォクのかつての中学生時代までの覚えるという学習法が一切通用しなくなったのは言うまでもない。
高校一年の6月からは暗記の時間を短縮、電車の中の50分のみに切り替え、残りの時間のうち歩いている時間や部活で外周を走っているランニング中などのスキマ時間を理由を考える時間にあてた。自宅の机の上は演習する時間。寝る前だけは暗記でなく好きな読書をした。大学で学びたいことがあり大学の入試では理由の論述問題ばかりを多数出す特異な大学を受験した。東大や一橋大はいまでもそういう問題を多く出す。


ところで塾予備校には行かなかったヴォクが自分の教室でモデルにしているのは二つあって自分が通ったことのある本と音楽が好きなピアノのやさしい先生と祖母の実家に夏や冬などに数日帰るときに参加した祖母の習字教室だった。

ピアノはやさしい先生(おこるときに顔が優しくなるのでやさしい先生と呼んでた)が毎週、課題を与えてくださる。
ヴォクは一週間練習しまた四階上の七階のやさしい先生の家に行った。いつもヴォクを怒ってくれた。

家とは言っても自宅アパートの四階上の部屋702号室で、とどのつまり、谷山の永田川添いの増田ビルにはそういうやさしいピアノを教えるのが上手な本好きの先生が運良くいたのだ。
ヴォクは小学生時代吹奏楽をやっておりピアノは毎日必死に練習した。弾き語りがしたくて。

たくさん練習してその課題を達成してきなさい。そうしたら次の技を教えてあげるよ、というジャッキー・チェンの五重の拳?みたいなスタイルのピアノ指導だった。先生の本棚も五重の拳の中に出るのと同じ雰囲気のものだった。
一度だけ練習が不十分なままピアノにいったことがあった。
指導は5分で終了した。

ありがとうございました。
「3回目はないからね。そのときはもう本も絶対貸さないよ。」


それからもうひとつの習字の先生だが漁師もしていて歌も踊りの先生などもしている祖母でヴォクの堅苦しい名前の名付け親であって占星術師でもあり以下多数省略、そこには祖母の自宅二階にヴォクがすやすやと寝ていると天草の子達がいつのまにかとなりふたつの部屋にわんさか集まって長机に座していて、習字を書きまくっている。ふすま越しに気になって寝られない。

祖母は子どもたちがときどきもってくる自分のベストの文字の書かれたその紙に朱色(オレンジ色)でピピピっと訂正し新しい見本の文字を書いた。勝手にかけー、何枚も書けー、というスタイルだった。

ヴォクは毎回部屋のすみで(墨だけに)寝ているわけにもいかずそのときだけなんとなくの(中村)ノリで参加するわけだがうまくなることはなかったんだな。逆に迷いが増えて下手にはなれたけれども。

でも漁をするときの「たぐれ!」など忙しい仕事につきもののワンフレーズのでかい声でないときの祖母もまたおもしろかった。

そういうわけで、その二つを理想形に原風景にしてじぶんの教室をやっている。
のちに比較的かなり大きい塾予備校で10年以上講師をしていろいろなことを学ぶ機会があっていろいろ経験させてもらったが、いま思うとじぶんのやっているのはもどり戻ってそういうところを目指してやっている、という部分が大きい。
まあ自分で経験したことがそんなもんしかないのだから、そういうもんかもしれない。


ピアノの先生のご自宅にはピアノのすぐ後ろに大きな本棚があってヴォクは課題曲の楽譜と合わせて毎週本を一冊借りて読んだ。
その本について語り合う雑談の時間が好きだった。
実際新しい勉強がしたくてピアノもがんばるという本弾く転倒(本末転倒)の動機になったが学校の授業の10倍面白かったのだからそれでよかった。
毎週1冊も、ものを知る。
なんて楽しいのだろう。
たくさん怒鳴られたくさん指摘された120分150分のピアノの練習の緊張が最後に全部吹き飛んだ。



ほなね。

受験研究者(1)
http://selflearning.seesaa.net/article/140905619.html

五重の拳(1)
http://selflearning.seesaa.net/article/174855412.html

ヴォクの本棚(職人さんによる木の手作り)
image-00250513144038.png
こういうマス(マス?)が72ある。
posted by 花波 ヒカリ at 05:25| たまぼく | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする