2013年07月22日

森勉(36)動かない木と一題に多くを学ぶ習性

とけないなーとけないなーなんでぼくはこんなにとけないんだろう
むいてないのかなー
こんなんではそろそろきょうの持ち時間がおわってしまう

あーむずかしいなーわかんないなー
なんでこんなのあるんだろう

壁にあたる
壁にあたってとまる
動きがとれなくなっている





ほー。
いい勉強中じゃ。
木の勉強ができとる。


え!?


木をみんしゃい。
動いとらんように見えるか?
木は何をしておる?

え?
なにをて動いていない。
動かない。
西へ東へ動かない・・・前にも後ろにも・・・
あ、・・・根っこ?

そうじゃ。
木は動かないように見えるじゃろうが動かないときに下へ下へと根を伸ばしておるんじゃ。

壁なぞ、何枚も突き破っておる。
硬い固い地層の下まで根をはりめぐらしておる。

そうして準備ができるまで何回もまた下へと根をおろして広げておる。
あきらめたら木はつとまらんけのぉ。

上に高く伸びて横に大きく広がっておる木の地中深くにはもういっこ富士山があるみたいなもんじゃ。

じゃけんのぉ、とけないなー。むずかしいなーともがいておるじゃろう?
それはいい勉強中ってこった。
木の勉強中ってこった。

悩め、なやめ。
止まれとまれ。
悔し涙を流しながら眠るがいい。

準備ができてからまた上を見たらよかけん。







ずっと考えていたら思いついた。
いくつか思いついた。
試してみたらいい。
全部試してみたらいい。
いまは練習だ。
全英オープンでも本番ではなく練習中なら複数のショットを試すことができる。

森の中で勉強する、自学する際は、問題数問題量を多くするよりも、一題をとことん調べ理解し自分のものとし、応用スキルを高めること(一題から多くのことを学ぶスキル)が肝である。
良問には多くの解法がある。たとえば円に内接する四角形の問題ひとつをとっても、初等幾何(相似、方べきの定理、トレミーの定理)、三角関数、座標計算、ベクトル、複素数による解法が考えられ多くの場合はそれらのうちの複数の手法で解決でき、あるいはいくつかの複合技によってもっと速い解決が可能となる。
これら複数の解法のうち、初等幾何でまずは解いてみようとする場合に相似だけを考えてみて終わりとするのではあまりにもったいない。相似から導いて方べきの定理を習得するチャンスでありトレミーの定理を証明したり使いこなしたりしてみるチャンスである。
一般に解決の方法がいくつか思い浮かぶような森勉中はそのすべてを試してみるべきである。森勉中はスロウでよい。何回も中途半端にしてどうせあとで一大事としてとらえなおしやり直すくらいならはじめからスロウでもいいから徹底的にやればいい。

たしかに問題は解決するためにあるのだが、入試本番でない練習中にはいくつかの手法にも光をあて試したり比較したり検討したりしてみることが実力の向上につながる。解法の選択肢を多くもつのは投手が球種を多く持つのに似て有利になる。解法の選択がうまくなるのもしかり。
種類と選択のうち、種類について、様々の解答なら詳しい参考書をいくつか調べれば載っているだろう。

様々の解答が親切な問題集の解答集を見れば解1) 解2) 解3) と複数並べてある。
森勉人がするべきはそれらの様々な解法をたんに鑑賞することではない。

解決策が自分が試してみた他にもいくつかあったということに気がつかなかったことを悔やみ自力でもそれが思いつける(できる)ようであるのかを試すこと、やってみてだめなら真似して習得すること、その上で解法の枠組みの中に、相似、方べき、トレミーと名付け記憶の引き出しに整理すること、そこまで求められる。

入試の問題はよく練られていて、ただ解けたからよしとするにはあまりにもったいない。
ノートに問題をはりつけ、問題の背景、解決策をまとめてみるくらいの自学をするのが一題を一大事としてとらえ一題から多くを学ぶやり方なのである。様々の解法を一題の中で試してみることで次に同様の問題にあたったときに前回一番よかったものとして記憶した解法(ベストの解法)から順にためすことができるようになる。それは人が一番いいと言っただけの(借り物の)解法ではない。自分で前回ベストだと判断した(マイ)解法だ。今回はどちらの解法でも同じく使えるかもしれないし前回ベストでなかった解法が今回のベストソリューションになるかもしれぬ。

解法のよしあしも問題の背景や設定により変化する。
解法のルールや原則を習得したら短い言葉で印象的に頭の中に整理されていくだろう。
引き出しやすい形で収納されたかが少し不安というのなら解法ノートにメモしてまとめておけばよい。
それが森勉ノートだ。

ほなね。
お腰につけるズク2013ver.
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頑丈なのがいい。

今日の東大数学の子。
英語国語含めてちょうど10年分の過去問演習が終わった。
1980年から1989年まで来た。
今週から90年代に入る。
ヴォクにとっては一番熱い時期に入る。10年分を終え要領をつかみ自分色が答案の中に出てくるターム。
楽しみでならない。





posted by ヒカリ at 05:35| 森勉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

朝練と五重の拳と受験研究者(2)

朝練の話を伺ったので朝練の話の続き。


部活が毎日夜まであるのは普通のことだと思うのだけれど(←世界人としてヴォクの考え方は異常、日本人は学校時間労働時間が世界的に長い)、でも朝練は子どもの様子を見ていると勉強との両立がかなりきつくなる。
ヴォクも中学のころは毎日朝練昼練夜練だったが家での学習時間を作るのに苦労した。
家では飯の間に本を読んで理解の時間にあて、机に座ったあとを書く時間、解く時間にあてていた。テレビ中と寝る前のみを暗記の時間と定義。小中高と大相撲ダイジェスト以外テレビは見なかった。ビデオは持っていなかった。大相撲ダイジェストを見ながら暗記を進めた。暗記のノルマが終わるまで寝なかった。


ヴォクのことなどどうでもいい話だがヴォクは塾生のこと以上に自分の過去についてならいささか詳しいので書いている。
塾予備校へはあいにく小中高と行かなかった。行きたいという希望はめっさあった(「めっさ」はイチロー選手の影響)。

それで中学時代には時間を短縮するためにまとめ本をいきなり読んでポイントだけ覚えてみてから問題演習するというめちゃくちゃな学習法をとっていた。勝手に自己流で結論を覚えていきなり問題演習というスタイルをとった。

いちばん数多く持っていた参考書は前にも「受験研究者」の題で多分書いたが、受験研究社のまとめ系の暗記本だった。あのシリーズのすごいのはたとえば公式が紹介されるとして証明もない。理由もない。例もない。覚えておくべきことだけをズバッと書く。
たまに運がいい(わるい?)ときだけ例題が載っていたがむしろそれは邪魔に見えたくらいだった。
覚えることだけがただ間違いなく、短いフレーズで印象的に羅列されていたので時間の限られた両道者のヴォクにも好都合の本だった。受験研究社はヴォクの記憶に直撃した。

5教科が1冊になっていて安いのはいいが詳しくないのですぐ終わるという。仕方がないので理科だけのもの社会だけのもんなど教科別の暗記本もたまには買ったがやはり公式と暗記することしか書かれていない。

こりゃあいいやー。暗記スイスイ、すいすい暗記(←本の名前)、意味なんか考えずまず覚えた。覚えるべきことはとにかくサクサク覚えてしまえ!
そんな学習法をとった。部活との両立で時間がないのを言い訳にして。

中学内容はそれでもなんとかなってしまうのが恐ろしいところで、覚えて問題を繰り返しとけば完成に近づくといった世界だ。かたや、高校の勉強は量が増える。ふえる、殖える。全然世界が同じでない。覚えきれない。
考える学習、予習型の学習、森全体をスロウで見渡す学習を自分ですすめ、学校の授業が復習になるような形が理想。そうでないと学校ペースに巻き込まれついていけなくなりやすい。

高校に進んだあとヴォクのかつての中学生時代までの覚えるという学習法が一切通用しなくなったのは言うまでもない。
高校一年の6月からは暗記の時間を短縮、電車の中の50分のみに切り替え、残りの時間のうち歩いている時間や部活で外周を走っているランニング中などのスキマ時間を理由を考える時間にあてた。自宅の机の上は演習する時間。寝る前だけは暗記でなく好きな読書をした。大学で学びたいことがあり大学の入試では理由の論述問題ばかりを多数出す特異な大学を受験した。東大や一橋大はいまでもそういう問題を多く出す。


ところで塾予備校には行かなかったヴォクが自分の教室でモデルにしているのは二つあって自分が通ったことのある本と音楽が好きなピアノのやさしい先生と祖母の実家に夏や冬などに数日帰るときに参加した祖母の習字教室だった。

ピアノはやさしい先生(おこるときに顔が優しくなるのでやさしい先生と呼んでた)が毎週、課題を与えてくださる。
ヴォクは一週間練習しまた四階上の七階のやさしい先生の家に行った。いつもヴォクを怒ってくれた。

家とは言っても自宅アパートの四階上の部屋702号室で、とどのつまり、谷山の永田川添いの増田ビルにはそういうやさしいピアノを教えるのが上手な本好きの先生が運良くいたのだ。
ヴォクは小学生時代吹奏楽をやっておりピアノは毎日必死に練習した。弾き語りがしたくて。

たくさん練習してその課題を達成してきなさい。そうしたら次の技を教えてあげるよ、というジャッキー・チェンの五重の拳?みたいなスタイルのピアノ指導だった。先生の本棚も五重の拳の中に出るのと同じ雰囲気のものだった。
一度だけ練習が不十分なままピアノにいったことがあった。
指導は5分で終了した。

ありがとうございました。
「3回目はないからね。そのときはもう本も絶対貸さないよ。」


それからもうひとつの習字の先生だが漁師もしていて歌も踊りの先生などもしている祖母でヴォクの堅苦しい名前の名付け親であって占星術師でもあり以下多数省略、そこには祖母の自宅二階にヴォクがすやすやと寝ていると天草の子達がいつのまにかとなりふたつの部屋にわんさか集まって長机に座していて、習字を書きまくっている。ふすま越しに気になって寝られない。

祖母は子どもたちがときどきもってくる自分のベストの文字の書かれたその紙に朱色(オレンジ色)でピピピっと訂正し新しい見本の文字を書いた。勝手にかけー、何枚も書けー、というスタイルだった。

ヴォクは毎回部屋のすみで(墨だけに)寝ているわけにもいかずそのときだけなんとなくの(中村)ノリで参加するわけだがうまくなることはなかったんだな。逆に迷いが増えて下手にはなれたけれども。

でも漁をするときの「たぐれ!」など忙しい仕事につきもののワンフレーズのでかい声でないときの祖母もまたおもしろかった。

そういうわけで、その二つを理想形に原風景にしてじぶんの教室をやっている。
のちに比較的かなり大きい塾予備校で10年以上講師をしていろいろなことを学ぶ機会があっていろいろ経験させてもらったが、いま思うとじぶんのやっているのはもどり戻ってそういうところを目指してやっている、という部分が大きい。
まあ自分で経験したことがそんなもんしかないのだから、そういうもんかもしれない。


ピアノの先生のご自宅にはピアノのすぐ後ろに大きな本棚があってヴォクは課題曲の楽譜と合わせて毎週本を一冊借りて読んだ。
その本について語り合う雑談の時間が好きだった。
実際新しい勉強がしたくてピアノもがんばるという本弾く転倒(本末転倒)の動機になったが学校の授業の10倍面白かったのだからそれでよかった。
毎週1冊も、ものを知る。
なんて楽しいのだろう。
たくさん怒鳴られたくさん指摘された120分150分のピアノの練習の緊張が最後に全部吹き飛んだ。



ほなね。

受験研究者(1)
http://selflearning.seesaa.net/article/140905619.html

五重の拳(1)
http://selflearning.seesaa.net/article/174855412.html

ヴォクの本棚(職人さんによる木の手作り)
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こういうマス(マス?)が72ある。
posted by ヒカリ at 05:25| たまぼく | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月20日

ヴォク、モク。好きなのはハワイアンコアとピンクアイボリーの縮み杢ほか多数。

木軸のペンの中で芯にはsignoゲルインクのマンダリンオレンジを替芯(スタイルフィットで出た) とジェットストリームを使っている。

signoのブラウンブラックとマンダリンオレンジの2色、0.38をこの仕事中に使ってきて10年以上になったがいままで軸のよいものがなかなかなくて苦労した。せっかくのゲルインクだ、軸も手に馴染むものはないものかと。

自分で作ってみたが趣味の範囲では限界。かといって転職する予定はない。
やっぱ趣味を拡大してセルフで夜中の時間に自分の気に入ったピンクアイボリーを、、、ってやっぱりなぁ。

しかし木のペンをつくる職人さんに出会って運命が変わった。感謝。

ゲルという不思議なインクと木という組み合わせ。奇跡的な出会いだ。

ジェットストリームの替芯も改造することなくピンクアイボリーの木軸で使えるようになった。

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きょうは通知評を見せていただいた。
本物をそのまま見せていただけるだなんてありがたすぎてまっすぐ見られない。チラ見の瞬間に一気に数字を覚える。プライベートの欄は見ない。相棒のエクセルくんに渡して保存。


元気100倍アンパンマン。数字を思い出せば元気が出る。
いろいろ思うところがあるので。


春3月から新しくセルフランニング鉄人レースに参加した子たち。
数えてみると鉄人39連になりそうな子が多い。来週再来週に鉄人になるだろう。
28号や39連はひとつの区切り。握手をする。
あるいは「鉄ロング」のズク(ポテロングかっ!)を記念に手渡したい。



鉄人28号や鉄ちゃん39連サクサクっこの中からは将来100連、200連の達成者や最高記録更新の子が生まれるかもしれない。
鉄200達成の「鉄人オブ鉄人ズ」にはもちのろん、握手。

ターム終わりで?お便りが多かった。お茶の子が夏休みの旅行について書いてくれた。文京区はおしゃれな店が多いらしい。20代もがんばりますと。

一橋の子がゼミのことを書いてくれた。国立の街は静かでいいと。

東大の子が話してくれた。中学高校では自分は一番だったが大学には自分よりすごい人がたくさんいて勉強になると。

筑波の子が書いてくれた。今度マラソンに出るので走っていると。貴乃花のシコササイズ?を毎日やっていると。

みんな楽しそうでいいな。

高3生が総合成績が出たと。オープンキャンパス、指定校の出願、小論文をがんばると。
通知評の数字に驚いた。






話を杢に戻そう。
味わい深い木目や杢(モク)にうっとり。木は毎日色が変わってる。

赤、橙、ピンク、いろんな色のいろんな木。ハワイアンコアはココア色で渋い。
コアウッドのカーリー杢はワイルド。
ワイルドカーリーだ。
天然の木の、そのままの色(着色なし)。


こんなのをつくってしまう職人さんがすごい。
プロゴルファー猿やー。





ここに木軸ペンがある。

木が育ってそれを木こりが切って職人が何年も待って準備ができたら木材を削ってつくって・・・気が遠くなるくらいの時間がかかって。

使う人は5年、10年とつかって木の変化を楽しめて。経年変化を味わえて。

縮み杢にうっとりして。
ときにこのまま漆塗りの中で保存したいくらいすばらしい杢。
黒くなっていくのを惜しむ気持ち。

シンダイのように長い間地中に眠っていた不思議な木もあって時間の不思議を思う。


木材博物館はよみやすい。
http://www.wood-museum.net/japanese_syllabary.php


いろんな杢を見るのが楽しすぎて。



ほなね。虎杢、ワイルドカーリー、ちぢみ杢。すきな杢はいろいろあるけれどちぢみ杢には目がない。

posted by ヒカリ at 00:27| 鉄人28号 light | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月17日

数学の得意な子

数学の(も?)得意な子。
課題はもちろん毎週100パーセント消化そのうえ自分勝手に問題集でも練習している子だ。
100点で予想を立てていた(ヴォクの相棒のエクセルくん)。

結果、期末試験の数学の点数は80点代だった。
大敗北。
×印。


くやしい。
数学の鉄人審査、模試だけでなく学校の定期試験や実力テストでも結果は常に出さなければならない。
結果の成績にはこだわりをもって取り組んでいる。


この夏8/28までに数学を改良し、計算革命(時短)を起こしたい。ついでに論証問題(証明)を強みにしたい。
きみの努力をもってならそれができる。

作戦名、ディープインパクト。
解法を短い言葉にして、印象的にまとめよう。

ほなね。


posted by ヒカリ at 22:20| 数学超特急hikari_light | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月13日

森勉(35)木

塾生の中学校のOBに堀尾さん(アナウンサー)がいらっしゃったことをいま知った。
堀尾さんラブなヴォクのテンションが870あがった。前に浦和高校の塾生に聞いたことはあったがまさか中学生に先輩の話として聞かされるとは思ってもみなかった。
彼の中学校は勉強熱心校で定期試験はいつも難度が高い記述式。
通知評では試験の点は参考程度。
私学のように個性的。

卓球部だっただなんて。



中2の子たち。
勢いを感じる。
期末試験では自己ベストスコア更新のMGH多数。3回原則を守りここまで続けてきた子たちだけなので当たり前か。

中間から期末までは日数がほとんどなかったのでこの短い期間にパワーを上げたというよりは普段から走り続けたランがペースを落とすことなくエンドレスに続いたせいかもしれぬ。

今日の会場模試は自由申込制だったがひとりを除き全員が申し込んでいる。
申し込んだらどうかなどとヴォクがすすめたということはない。

中2の子たちも他の学年同様小学生の頃からずっと一緒にやってきたメンバー。
セルフラーニング○が身についている。
もうヴォクの手を離れている。彼らに怒鳴ることはいまは少ない。
小1からいる子は好きなように勉強している。
それでいい。
ヴォクはそれがいいと考えている。


今日の会場模擬試験。
定期試験と同じく過去問には一切触っていない。
いつもと同じく当日の集中力勝負。

自分の相撲をとってきて。


中3は前半戦のタイム測定会。3月、4月、6月同様全員受験の今回、この会場模試のこの会7月模試の合格判定は5科目の実力点の測定という点で非常に精度が高い。


いまの位置(志望校内順位)はよくもわるくもハーフタイムを表す。進学後順位との相関性は小さくない。いま上位なら進学先の私立高校なら一貫生とまじって不明だが、進学先の公立高校ではそのまま上位、逆もしかり。いま下位ならたとえ合格しても高校で下位。
このマラソンのハーフタイムがわかるとはそういうことだ。

もちろん高校に入ってスパートして巻き返す人は少なくないだろうが、小学生の頃から平均型習慣型で走ってきた場合、スパートだけにかける必要はない。ここまでも走ってきた。走るのはいまでいい。


試験中に鉛筆を動かす手の動きがもしとまったときに、冬11月からの入試対策練習量がものを言う。難問題のタイプと解き方は過去問と格闘してきた手が知っている。

考えてもかんがえてもわからないときにそれでも手が動いたなら練習は本物だ。
そのときまた鉛筆が動いたなら練習は本物だったんだ。練習中は止まらない仕方を学んでいるのだから。解決の糸口、次の一手を学んできたのだから。

闘ってきてください。





もしもピアノが弾けたなら、

僕が彫刻家なら、

ヴォクです。(ぜにきん風に)


きょうから森勉の2章、木の勉強だったね。
でね、学習法というのは木のつくる模様みたいにところどころ変わってていいと思うの。

年輪みたいにあっちは広い、こっちはせまくて、濃い薄いがあって、それでもいいの。

1章は書き込まない、2章は書き込んだ。
3章はボールペンでノートに書いた。
4章はシャープペンシルでメモ帳に書いた。
そういうことのどれもそれでいいの。
読んだ。
書いた。
繰り返し見た。
解答を読んで考えた。
解答を見ないで調べた。
どれもそれでいい。

学習は好きなようにしたらいいと思うの。
いろいろやってみるとこれはいいなというのが出来たりする。
やってみないとどれがいいかなんてわからない。

これでなかったものも自分で試しているからこれのやり方のいいところもわるいところも見える。
味がある。そして味がわかるから味わえる。楽しめる。
すきな勉強法をとれるから楽しめる。
きょうはこんな風にしたい。
それでいい。


年輪というのは黒い部分だけでは見えない。
白い部分があってはじめて黒い部分が見えるし黒い部分が多いと白い部分の模様が見える。

勉強の仕方だって年輪みたいにぐるぐるしてていいんじゃないかって。
どれも結局成長してるんだ。
年輪は成長のあかしなんだ。
学習法はだから、週替わりだって日替わりだって構わない。
改良回路のポリシーがある限り、途中の細かいところはどこを通ってみたっていいんだ。

ほなね。森勉「木」の章につづく。


「今までと同じ考えや行動を繰り返して異なる結果を期待するのは狂気だ」(アインシュタインのことば)









posted by ヒカリ at 22:12| 森勉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする