2011年11月30日

お土産 from 京都

高校生に京都に行ったお土産をいただいた。

でも行き先がまた京都なのはなぜだろう。

そこは中3のときに行ったのでは。

不思議でならない。
posted by ヒカリ at 13:29| マヌカハチミツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

承知しました。

三ヶ月カレンダーが試験日を指している。
それは同時に発表の日でもあり、別れの日である。
雑談は年間に一、二回しかしないが、雑談さえすることはできなくなる。
敬語を使って書くメエルをぼくから送ることもなくなる。


承知しました、と彼にもう何十回書いたことだろう。


承知しました、と返事をすることもなくなる。
コーチの仕事の終わりの季節。

posted by ヒカリ at 13:15| Mr.Children 花の匂い 足音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

高校3年生

今日は高3生が重要な全国模試の結果をもってきれくれた。
ありがたいこと。

授業後にぼくが結果をぼーっと眺めていたら一時間以上が過ぎていた。
小6、中3も12月は最終の会場模試がある。東京会場で受ける子、近くの会場で受ける子、朝受ける子、午後受ける子。ひとりで教室に向かい、ひとりで問題に向かう。

私学の場合には、会場模試結果も(模試とは別の)意味があり、ここでも自己ベストを更新したいのは言わずもがな。

公立受験の場合は、模試結果は受験にストレートには関係しないのだが(無関係)、志望者内順位、単元別得点など参照する項目は少なくない。それに結果の精神的な影響は小さくない。

単元別の仕上げ問題集を繰り返しながら過去問、本番形式模試などにも取り組み、実戦力を一層高めてゆく流れ。

風邪にも負けず、
飴にも負けず、
己に克つ。


でも、本当は風邪なんてひかないようにするのがいいんだ。
それをぼくにおしえてくれたのは、スタ演を24周繰り返したEくんだった。
2回の受験を風邪で棒に振った話はたしか前にここにも書いた。
彼はぼくに勉強の彼なりのやり方をたくさんと、風邪をひかない方法のすこしを教えてくれた。




どうでもいい話。

日課があるのと成績は比例する。
この問題集のこの問題は今日解かねばならない、と決めていたらその日のうちにそれを実際に解いて練習することができる。
複数のタスクを用意していたら複数のタスクが身につき、身を助く(タスクだけに)。

その日一日の中で問題と格闘した分だけ、また力がつく。
一歩進みたいと願うなら、朝起きたときに、日課を確認したらいい。
一歩進みたいと希求するなら、ただ日課を最優先にしてやりとげたらいい。

およそ、問題と格闘して力が伸びないわけはない。
問題と格闘できる日がもうあとどれくらいあるだろう。

一問集中の姿勢で取り組みたいな。


またね。

2011年11月17日

お願いします

11月15日水曜日。先週の水曜日から数えて7日が経った。

待っていた子が全員来て、中3の会場模試の結果が届いて、少しばかりの質問メールがあった。いつもと大きく変わらない一日だった。そう、いつもと変わらないのがいいことなんだ。

 

教室に着いたときに、「お願いします」という子がいる。
考えてみたらそんなことを言う子は他にいない。
考えてみたら、昔ぼくもよく面談やなにかの際には「お願いします」と言っていた。
そのことをなんとなく今日は思い出した。

今度彼に会ったら、「お願いします」の代わりに「さぁ」と卓球の福原選手みたいな掛け声でいいよと声をかけてみようと思う。
福原選手の動画も念のためiPhoneにセットしておこう。
ぼくの方に緊張させてしまう何かがあるに違いない。気楽にやってみよう、そうしよう。

さぁはちょっと変なら、他になにがあるだろう。考えてみるとスタートの言葉なんてなかなかないものだ。
 

ところで、ぼくの一人称だが、これまでヴォクというのを使ってきたが、今後はぼくでいこう。
ぼくがぼくであるために。


またね。 

そういえば、レストランなんかで、すみませーんとオーダーの前に言うのが日本式だと思っている。
でも、ぼくは、レストランでも「おねがいしまーす」といって店員さんに声をかけることにしている。

またね。花の匂いに導かれて。
posted by ヒカリ at 00:16| Mr.Children 花の匂い 足音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月15日

どうでもいい話(158)

どうでもいい話。

自分の解答案をつくるのと成績は比例する。


問題集には解答例がついている。それが親切な問題集であるならば別解までついているだろう。
そういうものを真似するのももちろんわるくないのだけれど、その前に自分の答案を手を動かしてつくっておくという学習段階があり、そこのところで手を抜かない姿勢をもっている子は、問題と(解答例とではない)1問格闘するごとに、1段と力をつける。

逆に、わからないからと空白のまま、解答例の記述を見るのでは得られるものも大きくならない。

自分の解答案をつくる者は、解答例はただの参考として考える。一番肝心なのは自分がどう考えたのか、その道筋は正しかったのかということであり、その上で著者の解答例とついでに比較してみて再検討するといったような学習法をとる。

自分でできるまでどうせいつかやっていかないといけないのなら、最初から全部自分でやってしまうことに挑戦してみたらいい。

ぼくはそう考えてる。


またね。花の匂いに導かれて。
posted by ヒカリ at 00:01| どうでもいい花波詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする